最高裁判所第三小法廷 平成7年(行ツ)98号 判決 1998年6月30日
上告人
(徳島市長) 三木俊治(Y)
右訴訟代理人弁護士
朝田啓祐
被上告人
圃山靖助(X)
右訴訟代理人弁護士
井上善雄
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
本件訴えを却下する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
本件記録によれば、本件訴訟は、徳島市が、平成三年四月一日から同五年四月三〇日までの間、本件マンションを賃借して月額四万五〇〇〇円の賃料を支出する一方で、当時同市財政部長の職にあった杉本達治にこれを宿舎として貸与して月額八九六五円ないし七七九七円の使用料を徴収したことにつき、同市の住民である被上告人が、同市はこれにより右賃料と右使用料との差額分を同人に対し給付したものであり、右の給付は、法律又は条例に基づかない職員に対する給付を禁じた地方自治法二〇四条の二に違反し、住居手当の支給限度額を定めた徳島市職員の給与に関する条例(昭和二六年徳島市条例第一号)に実質的に違反するほか、特定の職員に対してのみ便宜を図るものであるから憲法一四条の趣旨に反すると主張して、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、同市に代位して、徳島市長の職にある上告人に対し、右差額相当の損害金の支払を求める住民訴訟である。
そこで、職権をもって本件訴えの適法性について判断する。
住民訴訟の対象とされる事項は、地方自治法二四二条一項に定める事項、すなわち公金の支出、財産の取得・管理・処分、契約の締結・履行、債務その他の義務の負担、公金の賦課・徴収を怠る事実、財産の管理を怠る事実に限られ、これらの行為又は事実に当たらないものを対象とする住民訴訟は、不適法である。ところが、本件訴訟において被上告人が違法な財務会計上の行為と主張しているものは、前記の差額分の給付であることが明らかであり、当該給付なるものは、徳島市が杉本に現実に金銭等を支給したというのではなく、実質的にみて同人に右差額分に相当する利益を与えたということを指すのであるから、右のいずれの事項にも当たらないというほかはない。なお、原判決は被上告人の主張は右差額分の徴収を怠ったことが違法であるとの主張を含んでいるものと解しているが、仮にそのように解したとしても、被上告人の主張は右差額分の徴収権が存在するのにこれを行使しないというものではないから、これをもって地方自治法二四二条一項に定める「公金の徴収を怠る事実」の主張と解することもできない。したがって、本件訴えは、住民訴訟の対象とならないものにつき提起されたものであって、不適法というべきである。そうすると、これが適法であることを前提として被上告人の請求を認容した原審及び第一審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄して、第一審判決を取り消した上、本件訴えを却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 尾崎行信 元原利文 金谷利廣)
【上告理由】
一 被上告人の上告人に対する請求は、徳島市が徳島市南沖洲二丁目三三番地外所在の民間賃貸マンションである「つづきマンション」三〇六号室(以下「本件マンション」という。)を月額四万五〇〇〇円で賃借し、これを平成三年四月一日から平成五年四月まで自治省からの受入職員である杉本達治(以下「杉本」という。)に対し、同人のための宿舎として使用させるにあたり、同人から平成三年四月一日から平成五年三月までは毎月八九六五円、同年四月は七七七九円の個人負担金を徴収したところ、徳島市は、月額四万五〇〇〇円という本件マンションの賃借料からして杉本から右賃借料に見合う適正な対価を徴収すべきであるのに、上告人はその徴収を怠ったものとして、右賃借料と杉本から徴収した負担金との差額分を徳島市が被った損害として、上告人に損害賠償を請求しているものと解される。
徳島市は、この杉本に対する本件マンションの負担金(以下、杉本が徳島市に支払った負担金を原判決の用語に従って「使用料」という。)を徳島県の例によることとして、これに基づいて杉本が本件マンションを使用し、徳島市も使用料を徴収していたものである。従って、徳島市が本件マンションの賃借料として支払う金額と、徳島市が使用者である杉本から徴収する金額との差額が発生することになったのも、徳島市が使用料を徳島県公舎管理規則を準用して決定したことによるものである。このように、被上告人が請求する損害は、徳島市が杉本に対する本件マンションの使用料を徳島市が本件マンションの賃借料より低く決定したことにより生じたものであるから、本件は徳島市の杉本に対する本件マンションの使用料の決定行為が問題とされていることに他ならない。
ところで、地方自治法は、行政における早期安定の要請から、住民監査請求の期間について、その請求は「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りではない」旨規定する(地方自治法第二四二条二項)。そして、ここにいう「当該行為」とは、同法第二四二条一項の「公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」を指すものであるが、この徳島市の杉本に対する本件マンションの使用料の決定行為が、本件においては右の「当該行為」に該るものと解される。従って、本件マンションの使用料の決定がなされたときから一年を経過したときは住民監査請求をすることができないことになる。杉本に対する本件マンション使用料の決定は、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの分については平成三年四月一日決裁され決定し、平成四年四月一日から平成五年三月三一日までの分については、平成四年四月六日決裁され決定し、平成五年四月一日以降の分については同日決裁され決定している。ところが、被上告人は、平成五年五月二〇日、平成三年四月一日から平成五年四月三〇日までの間の本件マンションに関する杉本の使用料について、徳島市監査委員に対し住民監査請求をしているのであって、右監査請求は、平成三年度分の使用料が決定された平成三年四月一日、平成四年度分の使用料が決定された平成四年四月六日から、いずれも一年の監査請求期間を経過してなされたものである。また、右使用料の決定は、秘密裏に行われたり、一年を経過した後初めて明らかになったような場合でもなく、一年を経過した後もなお請求を認めるべき正当な理由は存しない。従って、被上告人の右監査請求のうち、平成三年四月一日から平成五年三月三一日までの使用料に関する部分は既に監査請求期間を徒過したものとして不適法である。なお、財産の貸与については、貸付期間の満了した日または貸付契約の解除された日をもって当該行為の「終わった日」として、この日から監査請求の期間制限が算定されるとの解釈が一般的であるが、本件で問題とされるのは貸付行為自体ではなく使用料の決定についてであって、各月の使用料は右決定に基づく支払方法にすぎないのであるから、杉本の本件マンション使用が終了した日から監査請求の期間制限を算定すべきではない。(代金の分割払いを内容とする売買契約の締結が違法であるとしてされた住民監査請求につき、その起算日を契約の締結日とした例―東京地裁昭和五三年(行ウ)六一号、昭和五七年七月一四日判決)
仮に百歩譲って、本件マンションの使用料は月額で定められ、その徴収が各月末毎に行われることから、監査請求期間は各月ごとに各月末から算定すべきものと解するとしても、平成三年四月分から平成四年四月分までについては監査請求期間を徒過して本件監査請求がなされたものと解すべきである。
以上のとおり、住民訴訟に前置される監査請求は適法なものであることを要するところ、被上告人の本件訴えは監査請求前置を欠く不適法なものを含むものである。にもかかわらず、原判決はこの点を看過して、監査請求前置を欠く部分についても実体的な判断を行っているものであるから、原判決を破棄し、右訴え自体不適法な部分については、これを却下すべきものである。
二 原判決は、徳島市は杉本に対し、本件マンションを適正な対価で貸し付けているとは言えないから違法である、すなわち、杉本に対する本件マンションの使用料の決定額が低廉であるとし、市長の職にあった上告人は、市の予算を執行し、貸付財産について適正な使用料を徴収するなど市の財産を適正に管理すべき義務を負っているのであるから、これを怠ったものとして少なくとも過失があったものというべきであるとしている。
ところで、昭和三八年五月一五日徳島市訓令第一〇号事務決裁規程によれば、第五条において「部長、副部長及び課長は、それぞれ当該部又は課の所管に係る事務に関し、別表第二に掲げる事項及び別表第三に掲げる事項について専決するものとする」と規定している。そして本杉に対する本件マンションの使用料の決定の問題は、管財課の主管に属する問題であり、管財課としては、本件マンションは国の中央官庁から受入れた職員のための公舎に当るものであり、この公舎としての本件マンションの使用料(個人負担金)の決定は、同訓練別表第二、一般的事項のうちの「その他の事務処理」中の「比較的重要なもの」にあたるとして、財政部長の専決事項に該当するものとして決裁している。すなわち、杉本に対する本件マンションの使用料の決定については財政部長の専決事項として処理されているのである。
そこで、右財政部長の専決により処理された財務会計上の行為の適否が問題とされている本件代位請求住民訴訟において、徳島市長たる上告人が地方自治法第二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものとしても、また、原判決のように、本件使用料の決定が財務会計上の違法行為であるとしても、上告人は、当時徳島市長の立場にあったことをもって直ちに賠償責任を負うものではなく、徳島市長として右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指導監督上の義務に違反し、故意又は過失により補助職員が財務会計上の違反行為をすることを阻止しなかったときに限り徳島市が被った損害につき賠償責任を負うものである。(平成二年(行ツ)第一三七号違法支出金補填請求事件において、最高裁判所(第二小法廷)平成三年一二月二〇日判決も右の見解にたち、公営企業管理者について右帰責事由が有することを確定しないで、補助職員に専決処理を任せた管理者は右補助職員がした違法な各支出によって地方公共団体に与えた損害を賠償する責任があるとした原審の判断には法令の解釈・適用の誤りがあるとして、原判決を破棄し、管理者敗訴部分を原審に差し戻している。)
国及び地方公共団体において広く行われている専決処理は、長等がその権限に属する事務の処理を適切かつ能率的に行うために、一定の事項に限定して、相当の地位にある下部職員にその意思決定を委ねるものであり、徳島市においても、専決処理をする者及びその対象となる事項は、前述の訓令により定められている正規の事務勉理の方法である。従って、本件は、組織体としての行政責任が問われているのではなく、代位請求住民訴訟として、上告人の徳島市に対する民法上の損害賠償責任が問われているのであるから、上告人自身に民法上の帰責事由がない限りその責任を負わないものと解すべきである。すなわち、原判決の如く、上告人に市長として市の財産を適正に管理すべき義務を負っているのにこれを怠ったという抽象的、形式的な義務違反を認定するのでは足りず、具体的に自ら当該財務会計上の非違行為を行ったのと同視しうる程度の指揮監督の懈怠がある場合に限り損害賠償義務を負うべきであり、これが前述の最高裁判所の判決の趣旨にそう解釈である。
従って、上告人に右の帰責事由が存することを確定しないまま専決処理を委ねた職員の行為の違法性のみを認定し、もって、長たる上告人に市の財産を適正に管理すべき義務があるとして不法行為責任を認めた原審の判断には法令の解釈適用に誤りがあるといわざるを得ず、原判決は破棄されるべきである。
三 本件マンションは、昭和五三年二月一日から専ら自治省から受け入れた職員の宿舎に使用するために徳島市が賃借したものであって、徳島市は右以降現在に至るまで、代々自治省から受け入れた職員の宿舎として使用させている公舎に該るものである。
ところで、地方公共団体の公舎については、その使用目的からして、(1)貸与される者の職務の性質からみて事務庁舎の延長ともいうべきもの、(2)職務の執行上一定の場所に居住することを必要とする職員に貸与するもの、(3)職員の福祉施設的性質を有し間接的に地方公共団体の事務、事業の円滑化に資するもの等に分類することができる。右(1)及び(2)は公共性の強い義務的宿舎ともいうべきもので、無料又は単なる維持費の全部又は一部を負担させることを適当とし、公用財産として運営するのが適当であるが、右(3)は、公用財産として運営するも普通財産として運営するも差し支えないものである(昭和三二、二、一一、自丁行発第一七号秋田県総務部長宛、行政課長回答)。すなわち、右(3)に該る公舎については、それを公用財産として運営するか普通財産として運営するかは当該地方公共団体の判断に委ねられているのである。
職員の厚生福利を図り、これを実施することは、地方公共団体の責務でもあるところ(地方公務員法第四二条)、本件マンションは、前述したとおり徳島市は本件マンションを国の中央官庁から受入れた職員の公舎として確保し、これを右職員の宿舎として使用させているのであるから、まさしく徳島市としては職員のための福利厚生事業そのものに他ならない。また、他の地方公共団体もそうであるように、徳島市の自治省からの職員の受け入れは、国の中央官庁と徳島市との関係を緊密にし、当該職員の能力や人脈を生かして徳島市としての施策の立案や円滑な執行を図る目的で行なうものである。そして、本件マンションの確保は、特に中央官庁に要請して職員を継続的に受け入れる態勢を整えるために行なっているものであって、右の意味においても、徳島市としての行政目的遂行のために他ならない。他方、受け入れる職員にとっては、それ故に他に個人的に住宅を選択する余地はなく、当該職員にとって本件マンションを宿舎とすることが事実上、義務付けられているのである。
原判決は、財政部長がその職務を遂行する上で本件マンションに居住しなければならないものとは認められず、また、それが法令等によって義務付けられているともいえないから、本件マンションを行政財産として管理すべき法令上の根拠はないと判示する。
すなわち、右判断は、前述の公舎の区分に従えば、本件マンションはその使用目的からして前述の(1)(2)には該当するものではないとして、直ちにこれを普通財産として管理すべきであるとの結論を導き出しているものと解される。
しかし、本件マンションは、これまで述べてきたように職員の福祉施設的性格を有するものであり、職員の厚生福祉を図り、これを実施するという行政目的によるものであること、徳島市として本件マンションを確保して中央官庁からの職員受入態勢を整え、これを受入職員の宿舎として使用させることは徳島市の事務、事業の遂行に資するものであることからして、本件マンションは、前述の公舎の区分に従えば(3)に該当することは明らかである。そして、行政実例によってもかかる場合は、これを画一的に普通財産として運営しなければならないものではなく、普通財産として運営するか、公用財産として運営するかはいずれでも差し支えなく、当該地方公共団体にその運営の選択が委ねられているところ、徳島市としては、本件マンションを公用財産として(公用財産に準じて)運営しているにすぎない。それ故に、徳島市は杉本から負担金を徴することとして、その負担金の額については徳島県公舎管理規制を準用してこれを定めているのである。
従って、徳島市の本件マンションの管理が行政財産に準じる財産の管理に当らないことを前提とする原判決の判断は、行政財産の維持費負担に関する法令の解釈を誤ったものであると言わざるを得ない。
四 次に、原判決は、徳島市の杉本に対する本件マンションの貸与は適正な対価で行なわれていない旨判示する。原判決は、杉本のマンションの使用が普通財産の利用関係にあたるとし、かかる場合は、徳島市が賃借人として支払う賃料に相当する使用料もしくは賃料で、職員に貸与しなければ適正な対価での貸与ではないと考えているようである。
徳島市は、本件マンションを公用財産(に準じるもの)として運営しているものであり、杉本から徳島県の例にならって維持費としての個人負担金を徴収しているのであるから、そもそも適正な対価が問題となる余地はないものであることは前述したとおりである。しかし、仮に、原判決が言うように、普通財産の利用関係にあたるとしても、やはり適正な対価での貸付と言うべきである。
徳島市による本件マンションの貸与は、前述したとおり徳島市の代々の自治省からの受け入れ職員に対するものに限られている。従って、ある受入職員が国の中央官庁に戻るなどして新しい受入職員が定まっていなくても、ある期間をおけば新しく職員を受け入れることが予想されていれば、徳島市はそのまま本件マンションを確保しておき、その新しい受入職員を本件マンションに住まわせることになるのであって、実質的に本件マンションを自治省からの受入職員のための公舎として確保しているのと変わりはない。地方公共団体が、職員のための公舎を確保する方法としては、地方公共団体が用地を取得し、建物を建築する方法で行う場合と、本件の如く民間マンション等を賃借する場合とが考えられる。前者の場合は、長期間にわたっての公舎の確保が可能となるが、他面初期に多額の財政負担が必要となる。そのようなことから、地方公共団体としてはどのような使用目的で、どのような公舎を用意する必要があるか、どの程度の財政負担が可能であるか等を総合勘案して、右いずれの方法で公舎を確保するかを選択するのであって、この決定は行政としての施策上の問題である。そして、徳島市としては自治省等中央官庁からの受入職員の公舎を確保する方法として、受入職員の数も二、三名と少なく、その人数や期間も一定していないことなどから、そのための多額の財政負担を避けるために、本件の民間マンションを賃借し、これを公舎として使用させることを選択しているのである。
このように、国の中央官庁からの受入職員のために地方公共団体が民間マンションを借りて、これを右職員の公舎として使用させている例は数しれず、むしろ、ほとんどの地方公共団体で同様の方法がとられているといっても過言ではない。更に、右の場合、その地方公共団体が当該職員から徴している使用料については、それが民間マンションであり、対象とする公舎もわずかであるという理由から、条例等で具体的な定めをしていないのが通例である上、地方公共団体が賃借人として支払っている賃料に相当する使用料を当該職員から徴しているものでもない。むしろ、使用料を一切徴していないことも少なくないのである。
ところで、地方公共団体が自前で公舎を用意するか民間マンションを賃借する方法で公舎を用意するかは、同じく公舎を確保するためでありながら、その手段についての単なる行政上の施策の選択の結果の違いにすぎないものであるところ、民間マンションを賃借する場合は、地方公共団体が賃借人として支払う賃料と受入職員から徴収する使用料との差額が現実の額として算出されるのに対し、自前で公舎を用意し、一定の使用料を徴するとした場合は、公舎を確保するための財政負担額と徴する使用料との対価関係が明らかでない。しかし、いずれであっても、地方公共団体が公舎を確保し一定額の使用料を徴して当該職員にその公舎を使用させるという実体は全く同じものである。従って、杉本に対する本件マンションの貸与の対価が適正であるか否かは、単に徳島市が支払っている賃料と徴収する使用料との額の差額のみで決せられる問題ではないはずである。
右差額が計算上算出されるとしても、使用する側からすれば、それが民間から賃借して用意されたものであるか、いわやる自前の公舎として用意されたものであるかによって差異がある訳ではなく、これによって負担すべき使用料が異なることの方が不合理であるし、また使用させる側からしても、本件がそうであるように自前で公舎を用意し、仮に徳島県等が定めているのと同様の使用料を徴するとした場合と比べれば、結果的に徳島市として要する費用は、現行の方法をとる方がより少なくてすんでいることは明らかである。更に、本件マンションの所有者と徳島市との間の賃料は、賃貸人にとっては営利性を中心において定められたものであるのに対し、徳島市の杉本に対する貸与関係は全く観点を異にするものである。
これらのことからすれば、本件マンションの杉本に対する使用料が適正か否かは、徳島市が支払う賃借料をそのままあてはめて、それだけで決すべき問題ではない。使用料が適正か否かは、他の方法により当該職員の住居を用意するとした場合の徳島市としての実質的な負担との比較や、他の地方公共団体において同程度、同規模の宿舎を使用している職員が負担している使用料との比較なども考慮して判断する必要がある。そのようなことから、徳島市は、杉本に対する本件マンションの使用料を決定するにあたり、その額を徳島県公舎管理規則に準じてこれを定めたものであるが、これまで述べてきたように、本件マンションを貸与する相手方、貸与する目的、他との比較、徳島市の実質的な負担等からして、本件マンションの使用料を右規則に準じて定めることには十分の合理性がある。更に加えて、徳島市は杉本に対して住居手当(同人の場合は二万二〇〇〇円)を支給せず、使用料を負担させていることからして、杉本に対し約三万一〇〇〇円の対価を支払わせるのと同様の結果となっていることを総合すれば、本件貸与は、やはり適正な対価での貸付と評価しうるものと解すべきである。
従って、原判決は対価の適正さについての判断を誤るものと言わなければならない。
五 原判決は、徳島市が賃借人として支払っている月額賃料四万五〇〇〇円と、徳島市が杉本から徴収した使用料との差額をもって、徳島市が本件マンションを杉本に貸与して適正な対価を徴収しなかったことによって被った損害であるとしている。右判断は、本件マンションの使用は普通財産の利用関係に当るとして、徳島市が賃借人として支払っている月額賃料四万五〇〇〇円にみあう使用料を杉本から徴収すべきであるとの見解を前提としているものと解される。
そこで、原判決の見解に基づいて、仮に徳島市が杉本から四万五〇〇〇円の使用料(家賃)を徴収する場合は、徳島市は杉本に対して二万二〇〇〇円の住居手当を支給することになる。
しかし、徳島市は、杉本の本件マンションの使用料は、行政財産の維持費負担の性格を持っているとの見解に基づいて右住宅手当を支給していないのであるから、前述の原判決の見解に基づけば、徳島市は杉本に支給すべき二万二〇〇〇円の住居手当の支給を免れている結果となっている。
従って、徳島市が被った損害は、現判決が算出した徳島市が賃借人として支払っている賃料と杉本から徴収した使用料との差額ではなく、更に右差額から徳島市が支払を免れた住居手当分を差し引いた額をもって被った損害というべきである。
この点について、原判決は損害額の算定に明白な誤りがあると言わなければならない。
以上